2008.05.09
母の日・・・気力なし
何とかの日、こういう日を作って祝い事をする。
すごくいいことだと思う。
昔祖母の誕生日を親戚一同集まって祝ったことがある。
何歳のときだったかは覚えていない。私はまだ幼かった。
祖母はみんなの前から顔をそらして泣いていた。
その一瞬だけ記憶している。
その祖母は90歳で老衰で亡くなったのだが、さびしい、さびしいといつも言っていた。
祖母の子供たちがみんなで介護をした。
友達が次々と亡くなって、最後は自分だけになった祖母。
その寂しさは、私の年齢ではまだわからないのだろうな。
私は一人でいることに慣れすぎて、さびしい感情も忘れてしまった。
過酷な環境が当たり前になってしまうと、ぬるくて、ぬくぬくしている環境はむしろ落ち着かない。
絶壁の上に一人立っている、そんな環境も当たり前になると何でもないのだ。
風が下から吹き抜けても、からすが体をつつきにやってきても、それが「当たり前」。
私に向かってくる環境が容易いはずはない。
今までの人生は、今日を耐えるための訓練だったと思う。
そう思えば無駄に生きてきたわけではないのだ。
母の日・・・
私が何をしなくても、なんとも思わない母だ。
母にとって私はその程度の娘なのだから、気力がなくて、何もできなくても、よしとしよう。
そう、これも病気のせいなのだ。
母の喜ぶ顔を見たいなんて、私も思ってはいない。
すごくいいことだと思う。
昔祖母の誕生日を親戚一同集まって祝ったことがある。
何歳のときだったかは覚えていない。私はまだ幼かった。
祖母はみんなの前から顔をそらして泣いていた。
その一瞬だけ記憶している。
その祖母は90歳で老衰で亡くなったのだが、さびしい、さびしいといつも言っていた。
祖母の子供たちがみんなで介護をした。
友達が次々と亡くなって、最後は自分だけになった祖母。
その寂しさは、私の年齢ではまだわからないのだろうな。
私は一人でいることに慣れすぎて、さびしい感情も忘れてしまった。
過酷な環境が当たり前になってしまうと、ぬるくて、ぬくぬくしている環境はむしろ落ち着かない。
絶壁の上に一人立っている、そんな環境も当たり前になると何でもないのだ。
風が下から吹き抜けても、からすが体をつつきにやってきても、それが「当たり前」。
私に向かってくる環境が容易いはずはない。
今までの人生は、今日を耐えるための訓練だったと思う。
そう思えば無駄に生きてきたわけではないのだ。
母の日・・・
私が何をしなくても、なんとも思わない母だ。
母にとって私はその程度の娘なのだから、気力がなくて、何もできなくても、よしとしよう。
そう、これも病気のせいなのだ。
母の喜ぶ顔を見たいなんて、私も思ってはいない。
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