何とかの日、こういう日を作って祝い事をする。
すごくいいことだと思う。

昔祖母の誕生日を親戚一同集まって祝ったことがある。
何歳のときだったかは覚えていない。私はまだ幼かった。
祖母はみんなの前から顔をそらして泣いていた。
その一瞬だけ記憶している。

その祖母は90歳で老衰で亡くなったのだが、さびしい、さびしいといつも言っていた。
祖母の子供たちがみんなで介護をした。
友達が次々と亡くなって、最後は自分だけになった祖母。
その寂しさは、私の年齢ではまだわからないのだろうな。

私は一人でいることに慣れすぎて、さびしい感情も忘れてしまった。
過酷な環境が当たり前になってしまうと、ぬるくて、ぬくぬくしている環境はむしろ落ち着かない。
絶壁の上に一人立っている、そんな環境も当たり前になると何でもないのだ。
風が下から吹き抜けても、からすが体をつつきにやってきても、それが「当たり前」。
私に向かってくる環境が容易いはずはない。
今までの人生は、今日を耐えるための訓練だったと思う。
そう思えば無駄に生きてきたわけではないのだ。

母の日・・・
私が何をしなくても、なんとも思わない母だ。
母にとって私はその程度の娘なのだから、気力がなくて、何もできなくても、よしとしよう。
そう、これも病気のせいなのだ。
母の喜ぶ顔を見たいなんて、私も思ってはいない。