土日はゆっくり休みたいところだが、そうもいかない。
むしろ平日よりやることが多い。
学校に行っている間は給食があるが、休みの日は毎回食事を作らないといけないので、月曜日が来るのが有難かったりするのだ。

今日は子供を送ってから10時まで寝て、その後銀行と病院とスーパーに行ってきた。
病院は血液検査の結果を聞きに。
月曜日の午前中は病院は混むな。
外科は1時間待ちだった。
私はすぐに呼ばれ、診療室に。
結果は異常がなかった。
気になっていた肝機能やコレステロールも平常値。
「大丈夫」の一言が聞きたかったのだ。
薬をずっと服用していると、どうしても気になるからね。

ところでこの病院、トイレが男女一緒。
しかもドアの隙間がばっちり開いている。
これじゃあ、覗けるじゃん。
覗かなくても、音で何をしているかわかる。
私が出たときに、鏡を見ていた若い男性が、急いでトイレを出て行った。
気分悪・・・
女性トイレが外から覗ける構造になっていると危ないよ。
トイレでの暴行も多いんだから。
ちょっとは考えてほしいよね、女性の気持ちをさ〜。気味が悪いよ。

とにかく無事に帰ってきた。
途中何度も足を休ませて、やっとたどり着いた・・・という感じだ。
勾配はきつい。

家に着いたらシャワー。
昼ごはんの後、いつもの掃除、洗濯、洗い物。
家の中はすごい荒れてたから、終わってすっきり。
部屋が荒れていると、心も荒れそうだ。
さて、これから一休みしよう。
腰が痛い・・・



目が痛い。
アレルギーなのかわからないが、疲れると目が痛いのだ。
昨日はほとんど何も出来ずに一日が終わり、薬を早く飲んで寝た。
これだけ疲れるのも久しぶりだ。

今日は8時くらいにゆっくりおきてご飯を炊く。
朝は目玉焼きと残ったおかずで済ます。
掃除をする力はなかったが、片付けていたら最後までやっていた。
2日分の洗濯も終える。
ココアパンとシナモンケーキを作って一休み。
無理をしすぎると、昨日のように一日中寝込んでしまう。

体は重いが、横になるのは勿体無い。
いつか見ようと思っていた映画を見る。(交渉人 真下正義)
2時間椅子に座ってみるのはきつかったが面白かった。
オタクに対する風当たりの強さを感じたのは気のせいか?
「踊る大走査線」に出てくる柳葉敏郎、老けたね〜。それは私も年をとったということだが、人が老けていくのを見るのは辛いものがある。自分の顔は見えないが、他人の顔はよく見えるからね〜。
こんなに時間がたったのかと感慨深い。

夕飯はそうめん。
野菜と溶き卵と鰹節を入れて簡単に。(いつもか)
最近の体の重さは運動不足もあるんだよなー。食べた分、やはり動かないと。



今日はばてばてだ。
疲れて体が動かない。
それでもお腹を空かせて帰ってくる子供のために間食は作らないと・・・。
掃除も洗濯もしないでパンだけを作った。
作り終えるとまた布団に横たわる。
うつらうつら夢を見ながらも少し眠った。

疲れすぎるとご飯も食べられない。
朝はほとんど食べられず、昼食は抜いた。
ある程度疲れがとれるとお腹が空いてきた。
作ったパンを3個、バナナを3本も食べた。(普段はこんなに食べないのだが)

また横になる。
ばてばての日は、やはり夕方までばてばてだ。
夕飯は何も考えられないから、おにぎりにしよう。
動ける時にがんばってやればいい。


2008.06.26 物価が高い
何だか無理をしているんじゃないか。
そんな思いがよぎる。
体は限界だ。
夕飯は義務的に食べ(あとでお腹が空くと眠れなくなるため)、横になる。


最近の物価高には閉口する。
毎日のように食べるものがどんどん値上がりしていて、大きなお店に行っても、小売店に行っても、値段はさほど変わらない。
少しでも安いものを、と思うのが庶民の願いだが、値上がりが続くとどうでもいい気持ちになる。
比較したところで大して変わらないのなら、高いな・・・と思っても買ってしまうしかない。
他に行ったからといって安くはないのだから。
頻繁に外出をして交通費などの経費が負担になるのなら、一回の外出でまとめて買うほうが安いのではないか?

収入がしっかりあれば憂いもないのだろうが、その収入も安定しているわけではない。
いざというときの財産などもあるわけでもなく、働けなくなったら即食べられなくなるのが現実。
不安定な場所で生きていることを実感する。
何かあっても誰にも助けを求められないし、求めたいとも思わない。
万が一の場面に遭遇したら、私はどうするんだろう?
無理をしてでも動くしかない。
動けるか?




昨日の疲れからか、今朝は6時過ぎに目が覚めた。
目を開けた瞬間、いつも思うこと。
「今日は動けそうか・・・?」

朝日がまぶしく部屋を照らしている。
「布団を干さなければ!」
枕カバーもまとめて洗濯。
丸洗いできる布団も洗って、太陽の光で消毒。
ああ、気持ちよく布団を使えそうだ。

あわただしく子供を送り、掃除。
髪の毛は毎日たくさんの量が落ちる。
寝る前にも掃除機をかけないと、目に付く髪の毛がすごいのだ。

そのあと居間で少し横になったが、布団がないと疲れはとれない気がする。
今日はプリンタルトを作ると予告しておいたので、準備にかかる。
タルトの生地を作り、プリンを作り、オーブンで焼く。

お菓子つくりは洗い物の量が半端じゃない。
作りながらも手が空いたら洗い物。
バターを使ったボールなどは熱湯で洗う。
本当に体力勝負だよ。足の裏がじんじんしてきた。
さて、プリンタルトはおいしく出来たかな?(冷蔵庫で冷やし中)



今日はきつかった・・・

普段通りに朝起き、掃除、洗濯。
ネットでドラマを見る。
間食をつくり、夕飯の下ごしらえを済ます。
これだけで既に2時。

子供が帰ってきたら病院に行くので、しばし休憩。
3時過ぎに帰宅の後、バスで病院へ。
健康診断は早く終わった。
子供の用事と一緒に、私の血液検査もする。
ちょっと高かったが、精神科の薬を飲んで丸4年。
定期的に検査はしたほうが、やはりいいだろう・・・
結果はあさって。ん〜、今まで一度もしなかったのはいけなかったな。
40を過ぎているし、健康には注意しないと。
って、もう病気か。

そのあとスーパーに寄る。
必要なものだけ・・・と思いながらも、来たついでにと他のものまで買う。
外出が頻繁じゃないから、仕方がないか。外出には決死の覚悟がいるんだよ、私は。(いばることじゃない)

夕飯は揚げ物。
揚げ物の後はガスレンジの周囲をきれいにしている。
普段なかなか出来ない換気扇フードも、こういう時に拭きまくる。
ぴかぴかになった台所を見ると、気分がいい。
鬱病になってから、以前よりきれい好きになった。
動けないときの反動で動いてしまうのかも。
横になっていると、「こんど動ける時はあれしよう、これしよう」と思うのが常だから、動けるときはダッシュで動くのだ。


昨日はかなり動いた。
夜は一応眠れたので、朝は予定どうり起き、掃除、洗濯をする。
疲れは微妙に溜まっている。
が、横になっても眠れるはずもない。
銀行に行く用事を済ませてしまおうと、決心して起き上がる。

銀行は体調がいまいちな日は行くのが辛い。
くねくねと曲がる道を歩いて10分なのだが、帰りは若干登ってくるような感じになる。
もっと疲れれば眠れるかも・・・と淡い期待をして外出。
勾配のある道を登ってくるのはきつかった・・・

人より汗をかきやすい私は、ちょっとの外出で汗だくだくになる。
一日中仕事をしている人に申し訳ない気持ちになるが、シャワーを浴びる。
汗だくのままいたら発狂しそうだよ。

案の定体力は枯渇状態になった。
横になると疲れて足がびくびく震える。
2時間くらい休んだ。

その後間食を作ろうと起きる。
今日はカップに入ったチョコケーキ。
すぐに出来上がった。
ほどなく子供が帰ってきた。
おやつの時間から夕飯の時間まで、また横になる。

夕飯も終えて一段落。
まだ疲れはとれないな〜。
今日ぐっすり寝たら明日はもっと楽になるかな。
子供の健康診断のため病院に行くので、よく休めますように。


先週処方してもらった薬はよく眠れる。
明け方に起きることもなくなったし、早くても5時半くらい。
このくらい眠れれば、体は軽いのだ。
ストレスを極力避けて、夜深く眠るだけでも、日常生活を普通に送れる。
発病してから5年目。
ごく普通の生活を送れるようになったことが有難い。それを願ってやっとここまできた。

そのためには自分に合った薬が不可欠。
ゆっくりの周期だが、薬が多めになるときと、少なくてすむときがある。
今はちょっと多め。
でも体調が良くなるためなら仕方がない。


昨日子供がクッキーを作った。
友達にあげるんだと持っていったのだが、帰ってきた時はぼろぼろになっていた・・・
カバンを抱えたままトランポリンに乗ったらそうなるわね。

そのクッキーを使ってチーズケーキを作ろうと思って、クリームチーズを買ってきた。
小さく買うと高いので、1キロで買った。
ついでに冷凍ピザチーズ、冷凍ホイップクリーム、シナモンなども購入。
卸し問屋さんとは顔見知りになったので、いろんなことを教えてもらった。
専門的なことは、やはり専門の人に聞かないとわからない。
私も何かを聞かれる人になれたらいいな〜。



ああ、食べすぎでお腹がパンパンだ。
昔は胃下垂で少量しか食べられなかったのだが、薬を飲むようになってから8キロ太った。
年のせいもあるんだろうな。新陳代謝がうまくいかなくなって太るというパターン。

結婚した当時は39キロしかなかった。
横たわると、お腹の肉より骨盤のほうが高かった。
ここまで細いと、本人より見ている人の方が苦痛だったと思う。
もっと食べろと散々言われた。
でも食べられないのである。
この苦痛は理解されにくかった。
太っていることを悩む人は多くても、太りたくて悩む人の方が圧倒的に少ないからね。

お陰で標準近くになって、洋服選びも楽になった。
洋服といえば、ここ数ヶ月ですっかり服の好みが変わり、年齢にあったものを選ぶようになった。
それまでは20〜30代の人たちの服を選んでいた。気持ちが若かったんだろうと思う。
ところがいきなりの激太り。
サイズは合わない、センスも変わる。
白髪染めをしなかったら、前頭部は真っ白の頭だ。現実を受け入れないといけない時が来たようだ。
もう若くはない・・・

若い頃は、いろんな経験が不足していることもあって冒険も出来るが、この年になると、地面を見ながら歩くようになる。やり直しが効くのは若いうちだ。
子供がいたら嫌でも現実を直視せざるをえないし、
どこかに逃げたくても逃げられない。
だから覚悟も決まるというもの。
小さな範囲でしか生きられないが、小さなところだからこそ気持ちよい空間を作りたい。

さて、今週もおいしいものをたくさん作るか。



2008.06.21 日々を生きる
今日は6時に目が覚める。
このくらいの起床が理想だよな。
気のせいかもしれないが、すっきり目覚めた。
でも体はゆっくりしていたくて、午前中に再び寝る。
昨日の予定通り、ピザを作る。
トマトペーストがいまいちなんだけど、やっぱりこれも自分で作ったほうがいいんだろうな。

おいしく作っておいしく食べることが、簡単なようで案外難しい。
料理が得意ではなかった母の影響が強くて、料理を作ることにはあまり関心がなかったのだが、私の性格もあってか、一度やり始めると材料や生産地まで神経が行くようになった。
パンつくりをはじめる以前は、小麦粉にもいろんな種類があることも知らなかった。
強力粉、薄力粉くらいはわかる。
が、強力粉といっても生産地の特徴や味の違いがあるとは思わなかった。
ちょっと考えればわかりそうなことも、関心がないとそこまでだ。

どんな分野にも深い世界があり、そこで生きる人たちがいる。
小麦粉ひとつをとっても、いろんな人の手があって食卓に来ることを思うと、物を簡単に捨ててしまったり、粗末に扱うのはいけないことだよなーと思うのだ。

だから心を込めて料理する、掃除をする、洗濯をする。
表立って評価されない家事だけど、自分は自分のがんばっている姿を知っている。
誰が見ていなくても、自分は自分を見ている。
人は人のことを簡単に悪く言ったり誤解したりするけれど、自分は自分を悪くは言えない。
自分を大切にしなかったらかわいそうだから。
いつも攻撃ばかりされてきて、弁明も許されなかった。
そんな自分を自分が大事にしなかったら、誰も私を大事にしてはくれまい。

今を大切に生きよう。
誰に何を言われても、自分が精一杯一日を送れたらそれでいいのだ。


今朝の目覚めは4時。
横になりながら、「ああ、7時半にはなんとしても起きないと」と思った。
明け方目が覚めるのは一日が不調だという前兆。

でも気力で起きた!
パッと体を起こす。ひたすら動く。
今日も無事に送れた。

間食つくりを始める。
ロールケーキが・・・思ったように出来なかった。
またまた悲しみが襲ってきたので、もう一品を作ることにした。
(悲しみはそのまま放っておけない)
生クリーム入りクレープ。
ガスレンジの前でひたすら奮闘。暑かった・・・。
こっちの方がおいしいと言われた。うーん、必ず成功したいのだが難しい。
2種類のお菓子を食べられた子供は大満足。
私も一緒に満足。

その後どっと疲れがやってきた。
4時起きだから当然だ。
2時間ほど横になる。ぐっすりは寝られないが、疲れは充分とれたようだ。

昼寝から起きるとまた家事。
夕飯は昨日の残りを使って済ませる。
明日のお昼はジャガイモのピザ。
ジャガイモをたくさん入れよう。


やっと一息つける。

体が休もうにも休めなくて、いつもの倍以上のおかずを作った。
まるでお客さんを呼んだの?
という感じだ。

体は痛みを感じるほど疲れているのに、手が止まらない。
昼間もパンを作ったのだが、結構限界だった。
この後どうなるか、お決まりのパターンだからわかる。

思うに、子供に寝ている姿を見せたくないのだ。
やれば出来るのよ、と行動で示したいのだ。
母親が病気なために、お腹が空いてもすぐには食べられない時がある。
こんなことも、あんなことも我慢しなければならない。
私も辛いが、子供も辛いのだ。
だから無理してでも手作りのものを食べさせてあげたい。
お菓子などを安易に買い与えたくない。

普通のことをするのに、普通以上の力がいるから、いつも闘いなのだ。

背中が疼いている。
明日の体調は予想がつくが、這ってでも動きたい。
予定ではココアロールケーキを作る。
うまく巻けるといいな。



昨日はイライラが募って、愚痴をこぼしてしまった。
天気も最悪だった。雨がざーざー降ると、景色が何も見えなくなる。そうなると小さな空間に閉じ込められた気持ちになって、不安になるのだ。
晴れていれば見えるから大丈夫。
一人でいても不安にはならない。

今日は通院日。
照りつける太陽が、弱い体にこたえる。寒さより暑さが外出を億劫にする。
その後、買い物もしないと・・

目の前に必要なものがあっても買い物が出来ないときがあって、自分でも嫌になる。
店に陳列された商品が手に取りやすいと買えるのだが、気持ちがゆらゆらしていると通り過ぎてしまうのだ。
何で足が遠のくの〜?
と自分に問いかけても答えられない。
結局また勇気を出して外出して、勢いで買うのだ。
これとあれとそれと・・・
頭の中はただ買い物だけに集中して・・・

無事任務が終わると、誇らしい気持ちになったりもして。
周囲の景色を見る余裕も出る。

今日はつぶあんが食べたくて、大福を買った。
おいしい〜!
大福ひとつ買っただけでも、達成感に浸れる。
もっと違うところで浸りたいものだ。


今日は愚痴を・・・

ご飯を食べる、トイレに行く以外は寝ていた。
そんなに疲れることはしていないと思ってたのに、病気の体はすぐ疲れる。
まったくこれでは子供のお腹を満たすこともできないし、歯医者に行かなければならないのに雨は降ってくるし、買い物をしようと思ってもいざ出ると何を買わなければならないのかわからなくなるし、生ごみは匂いがひどくなるから捨てに行かなければならないし、変な駐車をしている車には腹がたつし、エレベーターで人と乗り合わせるのは嫌いなのにおじさんは乗ってくるし、頭は白髪が目立ってきて、こんな体調の日なのに面倒な白髪染めをしなければならないし、掃除をちょっと出来なかったくらいで髪の毛はぼろぼろ落ちてるし、ゴミ箱はいっぱいになるし。

体の調子が良くないと、こんなに些細なことで腹が立つ自分に腹が立つ。

明日は通院日。
明日こそ必要なものを買ってこられるように。
病気が明日にでも治るように。うざいんだよ、まったく。

ここ数日、体が痛まずに動いている。
夜何とか眠れているからだと思う。
何とか・・・と思うのは、明け方の睡眠が微妙だから。
でもそんなに支障はない。
腰に「おんぶおばけ」がいないだけでも、軽く動ける。

鬱病になると心だけではなく、体も重くなるが、この重みのメカニズムはどうなっているんだろう。
体に悪霊が憑いているから・・・そんな解説ではなく、何で重くなるのか、
そしてどうしたら重みを取り去れるのか、
薬の調節で軽くなるのなら、みんな軽くなる薬を飲むよね?

以前は薬を早くやめたい一心で、減薬もした。
その結果、薬の量が多くなった。
全然減薬じゃないじゃん!

今は薬をやめることより、日常生活に支障がないならば薬も必要だよね、と考え方が変わった。
下手にあがくより、うまく付き合ったほうがストレスが少ないのだ。
病院に対しても、自分が食べて生きていくために患者を薬漬けにするのか?
と思ったけれど、病気になってしまったから病院に行くのであって、自分が楽になるためなのだから、薬を出してくれることを感謝しようと思うようになった。

何事も捉えようで何とでもなると、病気のお陰で学んだのだ。
犠牲になったものは大きかったけどね・・・

今のところ落ち着いてはいるが、まだ人との接触は避けようと思う。
お義母さんの誕生日、姪っ子の結婚式など、おめでたいことが待っているのだが、うまく乗り切れれば・・・と思う。
こんなときに「メンタルヘルス」で苦しんでいまして・・・と言っても
「まだ治っていなかったのか?」と思われそう。

そう、まだなのです。
見た目はなんともなさそうでも、まだ油断は出来ないのです。
だから大目に見てね♪
と言えたらいいな。




土日の疲れが出た感じだ。
動けたのは有難いが、動くほどに疲れもたまる。
病気であるということは、健康な状態ではないということ。
疲れやすいのは当たり前か・・・

それでも鬱病特有の鉛のような重さではない。
10時半頃まで横になっていたが、動けるようなら動きたい。
「動くこと」に執着してしまうのは鬱病の性?

今日もパン作り。
ハムと卵を入れ込んだパンを作った。
ところが二次発酵の温度を誤って180度に設定し、7分くらい経ってから気づいた。
「あー!」
パンが熱くなっている・・・
すぐに40度に設定しなおしたが、最終的な出来具合はいまいち。
何だか悲しくなってきた。

それでまた新しくホームベーカリーをセット。
今度はココアパンを作ろうと思った。
絶対に成功してやる!
意地になっているな、私。

パン生地が出来たら、中にチョコチップを入れて、ぐるぐる巻きに。
どこかで見たことがあるような形になった。
微妙に違うけど、アサヒビールの本社社屋の横にある、「あれ」を思い浮かべた。(名前を知らないw)

夕飯の準備は子供と一緒に。
ひき肉とゆでたジャガイモを、ごま油、塩、しょうゆで味付け炒めたもの(子供のリクエスト)
きゅうりとハムとツナのマヨネーズサラダ、
ニラと卵のお吸い物。

今日も母親業が無事に終わった。
体が動けたことに感謝。



2008.06.16 父の日
昨日は父の日だったそうな。
ああ、存在感のない私の父。
子供や妻や孫にまでその存在を示すことが出来ない人。
でも私は一番心が行く。昔は嫌いだったが、今は違う。家族から認定を受けられないのが哀れで、自分の姿と重なるのだ。

父は昔から子供たちには関心を示さなかった。
一緒に暮らしているのにいないような存在。
ご飯を一緒に食べても、何も言葉をかけてはくれなかった。
食べ終わると部屋にいってしまう。
母とも話をせず、テレビばかり見ていた。
仕事のない日はパチンコ、庭つくり。
近所の人たちとは話すことが多かった。

酒、タバコもやった父だが、酔って暴れはしなかった。
母をなじったりすることもなかったし、まじめに仕事をした。
それだけでも有難かったかと、今は思う。
(酔って暴れて私をなじって、徹底的に潰しにかかった夫とは違う・・・<注>:今は改心している)

独身だったころ、父と母と私の3人でよく外食に出かけた。
これが唯一の楽しかった思い出か?

何年も実家に帰っていなくて、父の声もほとんど聞かないが、寝込まずに暮らしているのならいい。
父の日だからと何もしないが、父も改まって何かをされると負担なのではないか?

家族のために苦労しているお父さんたち、肝心な家族から慕われるようにがんばってほしい。
父親が父親らしくいられなくなったら、さびしい思いをするのは自分なのだから。



今日は日曜日。
9時までゆっくり寝た。

子供がいるので、朝からご飯つくり。
昨日からリクエストをもらっていた牛乳パンも準備。
洗濯、掃除も同時進行で大忙し。

一段落ついた頃に生地が完成。
べとつかず、きれいに形を作れた。
今日は生クリームが入った特別なパン。
一人で期待をしてみる・・・

二次発酵の間にオムライスを作る。
普段だったらかなりきつい日程。
いつもの倍の大きさのオムライスはあっという間にたいらげてしまった。

パンも焼きあがり、試食を・・・
おいしい!
「クックパッド」というサイトに載っていたレシピなのだが、本格的でかつ素朴さもある。
料理は鬱病にはきつい仕事で、具合の悪いときは見るのも大変だが、毎日参考にさせてもらっている。

調子よく動けるのは嬉しいが、その後必ず落ちるのが少々怖い。
明日のことは考えず、今だけを楽しもう。
毎日動けるようになる日はきっと来るさ・・・



やっと土曜日だ。
一息つける。

今日は子供をつれて病院めぐり。
眼科、歯科、外科・・・
このうち問題があったのは歯科だけ。
虫歯に気をつけていたのに、2本もやられていた。
その後買い物もする。

昨日の夜は何とか眠れたため外出できた。
とはいっても、最近明け方に何度も目が覚める。
今度病院に行ったときは薬が変わるかも・・・

家に着いて簡単に掃除。
今日は大体でいい。
たまにはいい加減にやってもいいよね。

明日は遅くまで寝ていよう。
ゆっくり療養をしようと思っても、どうすれば療養になるのかよくわからない。
何もしないわけにはいかないし・・
余計な事は考えないで、やりたいことを楽しく出来たらそれが療養かな。
病を治すのは至難の業なのだ。


今朝は午前3時くらいから目が覚めていた。
なかなか寝付かれないので時計を見たら4時。
子供のために、なんとしても起きないといけない。
その気合だけで7時半には起き上がった。

学校に送った後、10時半頃まで横になる。
早く目覚めると体調はかなり良くない。

間食を作るべく起き、掃除もする。
毎日やっていても、髪の毛、埃、消しゴムのカスなどが次々と出てくる・・・

体はとにかく重い。
洗い物はやってもやっても終わらない。
一段落したらまた横になる。
子供が帰ってくる前に深く寝たようだ。

電話がかかってきて、配達の品が届いた。
品物の整理。
冷凍庫がいっぱいになった。

夕飯を作る。
今日はハヤシライス。何で「ハヤシ」なんだろう・・・と素朴に思うが検索はしない。
ロールケーキのレシピをプリントする。
いつも思うことだが、お菓子つくりは心と体力勝負だ。
仕事で作っている人は、本当に大変だろうな・・・と思う。
(しんどくない仕事など存在しないが。)
私は体力では勝負できないが、心を込めて作ろうと思う。
どんなことでもいいから、人の笑顔が見られたら嬉しい。
またがんばろう、と力が湧いてくる。


今朝はご飯をタイマーセット。
久しぶりに朝からご飯を炊いた。(それが普通なのだろうが)
昨日のジャガイモのパンがおいしかったようで、全部食べてしまったため予定変更。
冷蔵庫にあるもので簡単に済ます。

太陽の光が強い・・・
直射日光にずっと当たっていたら倒れそうだ。
ネットで生クリームや小麦粉を注文したので、銀行に振込みに出かけた。
日差しは暑いが、風があるので過ごしやすい。
が、外に出たら熱帯地方だ。

銀行の後、買い物。
荷物は結構重かった。
バスを使おうかとも思ったのだが、乗れずじまい。
足はとぼとぼと動いた。
家に無事到着。
体は汗でびしょびしょで、即シャワーを浴びた。
時計は11時だった。

今日のパンはクッキーブレッド。
休憩の後ホームベーカリーをセットする。

このあたりから腰が重くなってきた。干していた布団を取り込んで横になる。
午前中布団を干したので、綿がぽかぽか暖かい。
万年床に近い布団だから、こういう天気の日は太陽を使わない手はない。
ほんのり暖かい布団に入っていると幸せな気分になった。

クッキーをかぶせたパンは、部屋中に甘い匂いを運んでくれた。
私は生きてていいんだな、と思う瞬間だ。


2008.06.11 幸せの味
今朝は明け方何度か目が覚めたものの、起きることはできた。
子供を送った後、11時頃までゆっくりする。

今日の間食&明日の朝のパンは、角切りにしたじゃがいも、ゆで卵、コーンをマヨネーズであえてパセリを振りかけたもの。
家で作るパンは自由に作れるから面白い。
商売を考えたパンとは違うし、味も素朴だ。
何よりも手をかけたものは情も行く。
パン作りのお陰で、体を動かそうという力が出るようになったから有難い。
楽しいことがあると、暮らしにはりが出るのは本当だ。
体さえ動けば、やりたいことは出来るのだ。


私は40代のはじめだが、この年になっても理想はある。
勉強をしたければもっと勉強し、仕事をしたければもっと仕事をし、家庭も子育てもがんばれるキャリアウーマンが理想だ。
頭脳明晰、行動力もあって、愛情も深く・・・そんな人になりたかったのだが、実際の私は病気で思うように動くこともままならない「ひきこもり主婦」だ。
それでも理想は忘れないでいたい。思っていたらいつか実現できると思う。多分・・・

もし違うところに生まれ、お金も愛情も兼ね備えた環境だったら、私は今の私ではなかっただろう。
結婚相手も違っただろうし、生まれてくる子供も今の子供ではなかった。
だったら幸せに暮らしていただろうか。

わからない。

ただ、私は今の環境を志願してきた。
自分が選んだ。
途中いろいろあって回り道をたくさんしたが、自分が選んだ道を後悔していない。
学生時代の同級生、先生、私のことを知っていた人たちが今の私の姿を見たら、いろんな思いがわくに違いない。
「こんな姿になってしまって」
と思う人もいるかも・・・
そのくらい私は難しい道を選んだ。

でも私はこれでよかったと思う。
生きていると辛いことばかりあるが、辛いことから学ぶことも多かった。
平坦な道を選んでいたら、知らずに済んだことも知ることが出来た。
過酷であればあるほど、人生に深みが出るのは本当だ。
人の痛みを嫌というほど知った。自分が痛くてたまらなかったお陰で。

私は不幸だったが、不幸ではなかった。
不幸のお陰で幸せの味を知ることが出来た。
私はきっと幸せ者なのだ。



今日までの合計で、拍手が110個になっていました。心から感謝申し上げます。
2008.06.10 今日の体調
今日は午前中掃除、洗濯の後外出。
バスは使わず、徒歩で移動。
少しでも動けるときは動かないと、体力が持たないから・・・
重い体を鞭打って、とはこういうことか。

帰ってきてシャワー。
早いお昼ご飯。

12時ごろ、疲れがピークに。
15分だけ・・・と思いながら実際は2時間布団の中にいた。
傍から見たら、「三食昼寝付き」かな。

目が覚めたら子供の間食の準備。
今日もお腹を空かせて帰ってくる。
ホットケーキミックスを使って、簡単りんごケーキ。
丸い型を使ってオーブンで焼くと、見た目がとてもおいしそう。
甘くなく、さっぱりと焼けた。

まだ体が動けそうだったから、即夕飯の準備。
そしてベランダ掃除。
体は相変わらず腰に重りをつけたような感じ。
もっと軽くならんのか!?

一日寝込む日と比べたら、比較的よく動けた。
毎日体と闘っていると、そこに集中するためか、細かいことは気にならなくなった。
それどころではないのだ。
家事だけでもいっぱいいっぱい。
いいことなのか、悪いことなのか。


子供が通う塾の先生からも嫌がらせを受けている。
私の失敗が原因なのだが、腹がたったので書いてしまおう。

4月のはじめ、いつものように月謝を子供に渡して先生にお金を届けた。
(銀行に行くのが面倒で、振込みをしていなかった。この時点で私の甘さがわかる・・)
ところがその時、お金を確認しないで渡してしまったのだ。
いつもならちゃんと確認するのに、月謝の額より多めに入れたままにしていた。
で、先生もすぐには確認しなかったのだろう。(多分)
しばらくたってから電話が来た。
お金が足らないと。

あれ?と思った。
そういえばいくら入っているのか確認をしていなかったことに気づいた。
私の性格上、不足なままでお金を渡すことはありえない。
きっちり、厳格に、これがポリシーだ。(大げさ)
先生は、いくら足らないから、今度子供に持たせるようにと言ったのだ。

頭が混乱した。
どう計算しても、誤って額を間違えたとしてもありえない数字なのだ。
夫に電話をし、先生にも電話をした。

「どう考えてもお金はいくら入っていた。封筒を触らずそのままにしておいたから、足らないことはありえない。どこでなくしたのかもわからない。」と。
心底消耗していた。

先生はいつものように優しい声で、
「じゃあ、今月は足らない分は免除してあげます。」
と言った。
単純で馬鹿な私は、有難い、と思った。

でもよーく考えてみても、お金は先生の懐にあるとしか思えなかった。
子供は途中で盗みはしない。お金に関してはきっちりするようにしている。
先生は現金を数えてみたら多く入っているから、どうしようかと思ったのだと思う。
で、電話をしてきた。
後で私が多く入れたまま渡してしまったと気づく前に。

これは夫も同じ意見だ。
お金を見ると人は魔が差すことがある。
私は目の前に一億があっても触らない自信があるが、そうでない人もいるはずだ。
先生はお金の誘惑に負けてしまったのだ。


これだけのことなら仕方がないと思う。
私が原因なのだから。
塾もやめさせようと思ったが、子供の反対にあって続けている。

ところが今月に入って、こんなことがあった。

子供がいきなり月謝が上がったと言う。
先生がこう言ったというのだ。
「他の家はちゃんと月謝を払ったのに、うちだけ上がった分を払わなかった」と。

子供に言った。
「私はそんなこと、全然聞いてないよ。」

お金を払わなければ、と思って銀行に昨日行くつもりだった。
体が重くて結局行けなかったのだが、ふと考えた。
子供が月謝のことを言っていたが、私は直接聞いてない。
子供を不信するわけではないが、なぜ私は聞かされないのだろう。
お金のことに関しては慎重にしなければならないのに、また言われたとおりにするところだった。
で、確認の電話をした。

「子供が月謝が上がったと昨日言っていたのですが本当ですか?」
先生は「そうです」と言った。
「では明日振り込んでおきます」
「は、はい・・・」
電話の先で口ごもる先生だった。


電話というのは、相手の気持ちが敏感に伝わるものだ。
私の毅然とした口調が伝わったと思う。
子供の反対がなかったら辞めさせるのに。こういう先生とは関わりたくない。
今度お金のことで何かあったら・・・・ここで暴露しちゃおう♪


2008.06.09 病気の原因
身近な人たちからのストレスをたくさん受けて、倒れた私。
もちろんいい影響もたくさん受けた。その恩は忘れないつもりだ。

ただ、身近であればあるほど辛いことが余りにも多かった。
他人だったら、何の縁もなかったらどんなにいいだろうと思った。
経済的な援助を受ける立場であったりすると、どうにもできないことがあるのだ。

具体的な将来の夢も設計も何もなかった私は、定職に就けなかった。
就いたことは就いた。
でも死にたくなって辞めたのである。
「勿体無い」と言われ続けた。
何が勿体無いのだろう。
死にたくてたまらないほど苦しくて、仕事などしたくなかったのだ。
あの当時のことを思い出すと、今でも苦しくなる。
影で悪口を散々言われ、私の姿を見ると避ける人がたくさんいた。
私はそんなに嫌な人間なのか・・・
社会でやっていけない自分は落第のレッテルを貼られた気分だった。

家庭を持って、子供を育てていると、経済的なことが最優先になることがある。
どんな犠牲を払っても、まずは「食べなければならない」から。
それが私の病気を一段と重くしたのだった。


うーん、こんな時間に目が覚めてしまった・・

今日は銀行に用事があるのに行けるかな・・

この時間に目が覚めると、朝は起きられず(後でうとうとするため)、昼間はダルダル、一日体調がすぐれないのが常なのだ。

神様、寝かせてください!(神頼みしても無理なのに・・・)
2008.06.08 心の叫び
自分は望んでこの世に生まれてきたわけではない。
気づいたら生きていた。
ということは、私をこの世に送ってくれた父母がいたわけだ。

どんな子が生まれてくるかな、
顔は誰に似ているだろう、
性格は?
私の誕生を喜んで待っていた父母がいたはずだ。

なのに、気づいたら険悪な空気の中で私は存在していた。
私の存在を喜んでいるとは到底思えない環境の中を生きていた。

私は悲しかった。
悲しみを表現することはできなかったけれど、心は泣いていた。
その涙が、大きくなった頃には登校拒否という形で現れた。
自殺願望として現れた。
鬱病として現れた。

心の叫びを聞いてほしかった。
でも届かなかった。
父母は私を問題児扱いした。
悪いのは私のせいだと。
あなたたちが愛を注いでくれなかったくせに、
育たなかった私に問題があるのだと片付けた。

私はこの世に生まれてきてはいけなかったのだ。
こんな扱いをされるくらいなら、最初から生まないで。
そう言いたかった。

子供の心をよく見てあげて。
声をよく聞いてあげて。
あなたたちの関心が、子供の心を楽にしてくれるんです。



2008.06.08 今日は日曜日
今日は日曜日。
平日と違って、出かける人たちの顔がゆったりして見える。
道行く人たちの姿を見ると、自分のように動けない人はいないような気がする。
私だけが病気で、私だけが何日に一回くらいしか外出もできないひきこもりで・・・・。

そんなのは妄想で、誰もがいろんな痛みを抱えているのだと思う。
自分の今の苦しみが病気なだけで、受験で苦労している人もいれば、経済で苦労している人もいれば、家族のことで苦しんでいる人もいれば、さまざまだ。
自己中心にしか考えられなくなったら、頭をたたいてでも修正しなければ。


今日は何ヶ月ぶりに玄関の前を掃除した。
隣のドアがすぐ近くにあると、なかなかできないものだ。
箒で掃いて、水をかける。
これだけのことなんだけどな・・・
自分の家の前をきれいにする習慣を持たない人たちの横に住むと、他人のごみまで片付けなければならない。
隣人の旦那が吸ったタバコの吸殻(かす?)がたくさん落ちていた。
隅っこには埃の山。
きれいにしたから、運気も上がるかな。
体がきつくても、隣人がいない日を見計らって、こまめに掃除しよう。

体の重みは相変わらずで叫びたくなるが、ここは忍耐だ。
動かそうと思えば動くから、がんばって動こう。
3日間寝込んだのだ。
このくらいで許してほしい。

子供の好きなピザを準備している。
おいしくできるかな。

体が重くて、泣いた。
病気のために涙は流したくなかったが、痛みと重みに涙が出た。
「病気が治ってほしい・・・」
切実に思った。

これからどのくらい生きるのかはわからない。
子供のことを考えたら、少なくとも15年は生きたい。
もしその間ずっと病気が治らなかったら。
考えただけで気が狂いそうだ。
布団の上で動かない体と格闘する時間は長すぎる。
痛みと苦しみを紛らせるものなんてないのだ。

治したい。
なんとしても治したい。
寝ているしかない自分が、哀れすぎる。

2008.06.06 日々所感
昨日からの疲れは今日にも持ち越した。
午前中はそれでも洗濯をして・・・
午後も横になる。
「30分、1時間だけ眠らせて・・・」と願いをかける。
うとうととしたから少しは眠ったらしい。

3時頃には目がさえてきた。
明日の朝のパンを作る。
布団を上げ、掃除。
ベランダも掃除。
無心で動く。

今日も夕方を迎えた。

私もいつか死を迎えるときが来るのだろうが、死んでからの世界があるとしたら、そこでも掃除、洗濯、家事をやるような気がする。
ずーっと、ずーっと、やる気がする。
私の勘はいつも当たるのだ。

2008.06.05 疲れた
動いた次の日は寝込むと相場が決まっている。

疲れて動けない重みと、鉛の重みとでは、同じように重くても違う。
この重みの違いがわかる人は、きっと心の病で苦しんでいる人。
こんなこと、一生わからないほうがいい。
知らなくてもいい、そういう重みだ・・・

横になったからといって疲れがとれるわけではなく、痛みがひくわけではない。
少しづつ片付け物をやる。

疲れているときは面倒なことは避けたほうがいい。
でもこういう時に限ってやってくるのだ、面倒なことが。


プリンター機が印刷できなくなった。
インクを補充していくらもたたないのに・・使ってもいないのに印刷ができなかった。
そのために電話で問い合わせをしたのだが、原因はなんてことはない、インクがなかったのだ。
表示をみたら5ミリしか入らない。これじゃあ、補充してもすぐなくなる。

原因がわかったからよかった。
でもそのために私は汗だくになり、精神状態がハイになってしまった。
人と電話で話すことも、こういう日は避けないといけないのだ。

おかしくもないのに笑う、顔が真っ赤になる。
夫も親も兄弟も友達もいない。いるのは子供だけ。どうにかなってしまうかと思った。
もしどうにかなったら(狂ったら)どうなるのか?
不安は渦を巻いた。

まず部屋を冷やさなければならない。
窓を開けた。
シャワーをして汗を流した。
これでかなり落ち着いて、普段とおりの状態に戻った。



私は爆弾を抱えている。
いつどうなるかわからない。
だから疲れたら静かに休もう。
落ち着こう。
大丈夫、狂いはしないから。
子供だけ残して狂いはしないから。


毎日のように体調日記をつけていると、体調のいい日と悪い日がいつだったのかわかるからいい。
今日は昨日の願いとおり、7時に起きられた。
7時に起きようと思ったら、6時頃には目が覚めていないと起きられない。
健康な睡眠をとれたころは、パッと目が覚めた。
今は徐々に・・・という感じだ。

その後掃除をして、9時には家を出、12時まで通院、買い物。お目当ての物は遠いところにあるのだ。
パン、お菓子つくりに必要な物をまとめて買った。
かなりの出費になったが、長い目で見たら安いものだ。
一般のスーパーで少しづつ買うのより、業者向けの物を買ったほうがお得。
正方形の型、ピザ用型、トマトペースト2キロ、ピザチーズ、みそ、ゴマドレ、などなど、重かった〜!

帰ってきたらシャワー、洗濯。
明日のパンは、クリームチーズが入ったコーヒー味のうずまきパン。形がいまいちうまくいかなかったけれど、手作りに免じて見ぬふりをしてね。
少し休憩した後、夕飯の準備。
これだけで一日が終わってしまう。

通院のたびに先生に脈を診てもらうのだが、今日は前回より調子がいいとのこと。
「薬が多いと思いますか?」と聞かれたのだが、自分ではわからない。
普通に暮らせるのなら、多くても仕方がないと思う。
私の願いは「平穏に暮らすこと」なのだ。そのためだったら、できる限りのことをしたい。

2008.06.03 孤独に耐える
今日も11時まで寝た。
ちょっと寝すぎ。薬を少し調節して、明日こそは7時に起きなければ。

ここ数日は「よろいかぶと」が軽い感じがする。
疲れることは疲れるのだが、動くことはできる。
体が重力に押しつぶされるような感覚はない。
掃除、洗濯は無事に終えた。(これを毎日やらないと、生きた心地がしない)

夫からの電話、ほとんどないな。
こちらからかけないと音沙汰がない。
私も状態がよければかけるのだが、よくないと電話一本するのにも力がいる。
話をしても同じようなことしか話題にならないし。

昔は孤独に耐えられなくてよく泣いたが、今は孤独な状態が当たり前になったので、なんとも思わなくなった。
人が見たら、「どうしてその状態で生きられるの?」と言われるのだが、
人は慣れるものなのだ。
どんな状況でも生き抜かなければならないと思ったら、トラの洞穴の中でも生きる道を見つける。
そして心の平安を作るべく無意識のうちに努力する。
私にとっては、その努力が「慣れ」。

たくさんの競争を勝ち抜いた精子と卵子が結合して「私」が生まれたのなら、私は強いのかもしれない。精子が弱かったら、私は生きていなかったんだよな。

生き抜け、どんな状況でも。
生きられる、きっと。
あきらめなければ、きっと・・・


2008.06.02 今日の出来事
昨日の外出の疲れが出た。
子供を送った後、11時まで寝ていた。
遅い朝ごはんを食べ、掃除。
その後久しぶりにパウンドケーキを焼いた。
生クリームとバナナと一緒に食べる。
なかなかおいしい。

クロスステッチの刺繍も久しぶりに再開。
赤いバラがもう少しで完成なのに、少しづつしかできなくて残念。
集中力があるとき、目が痛くないときに・・・なんて考えたら、やる暇がない。


夕飯はカレー。
カレーを食べた後、クリームチーズを買いにパン屋さんへ。
新発売のシナモンアップルパンも買う。
見た目がとってもおいしそう。
私もこのくらい上手に作れる日が来るかな。
パン教室に通えるくらい、体力が回復してほしい。

土日が来るとほっとする。
普段はドアの開け閉めが激しい隣人たちも、土日ばかりは静かなのだ。
ここは横に7部屋ある。
そのうちうるさいのは隣とその隣だけ。
ほかの家はいるのかいないのかわからないほど、普段からひっそりしている。
そういう家が隣に来てくれないと、うるさくてたまらない。

子供につきあって、午前中は買い物へ。
今日は鉛の体ではない。
午後は美容院。5ヶ月ぶりに重い腰を上げた。
が、行ってみると客がいない。
美容師さんばかり6〜7人もいるのに、客がいないからお菓子を食べながら休憩している。
私の苦手な場所だ・・・
カットだからすぐ終わったのだが、鏡の前に座ったら緊張して体がこちこち。
頭は自然に下を向いてしまう・・・
「下に何かあるんですか?」と聞かれ、
「はい、あるんです」と答える私。
冷や汗が流れまくった。

外に出て涼しい風に当たるとやっと体がほぐれてきた。
美容院は大嫌いなのだ。
仕事上笑顔で接してくれる美容院さんだが、私が去ったら何だかんだと話題にしているのでは、と思ってしまうのだ。今日のように何人も待機していると・・・


体が多少動けると、自分が病気であることも忘れてしまうのだが、確実に動けなくなる日はやってくる。
そのときが来ると、死にたい気持ちになるのだ。
「この状態がずっと続くのか・・・。」
これが拷問でなかったら何だろう?
困難な環境を生き残ってきたのに、その代価がこれだ。

普通に暮らしたい。
何も欲張ってあれをしたい、これをしたいと思うわけではない。
ごく普通に暮らしたいのだ。

充分病気の苦しみを味わってきたから、
これ以上苦しみたくない。

そう思ったらいけないのだろうか。