2008.04.30 病気の原因
私は幼い頃から問題児だった。
複雑で愛のない、笑いのない家庭は、監獄とあまりかわらなかったかもしれない。
常に人の視線を見る子供になった私は、自分への視線が愛のないものであれば敏感にキャッチし、心を閉ざした。
今でなら何らかの病名がついたのだろうが、当時はただの問題児、心を閉ざした子供、
その原因までは誰も知るところではなかった。
問題児・・・・それは大人に問題があるから子供に出るのだと、誰が知っていただろうか。

社会に出てからも、当然社会人として生きるには難しかった。
どうやって大人と接したらいいのかわからず、仕事もうまくできなかった。
要領が悪く、世の中を渡っていく何の技術もなかった。
まじめで正直、それだけではこの世を生きていくことは簡単ではない。

将来への夢、若い人たちが夢描くものも、一つもなかった。
望んだのは「自分が消えること」。
この世からいなくなることだった。

働くこと自体は嫌いではなかった。
お給料をもらえるときの喜びはやはりいいものだ。
でも仕事は長続きしなかった。
ひとつの場所でずっと働くことが苦痛だった。

年を重ねると職を探すのは困難になった。
30まではそれでも転々としながらも働いた。
これ以上職場を探すのが苦しくなった頃、結婚の話があった。
結婚の厳しさを想像もしていなかった30の私は、仕事をすることから逃れるように結婚した。

もし今の私の姿がわかっていたら、この結婚は踏みとどまったかもしれない。
環境の激変、私への失望をあらわにする夫との生活は、子供がいたから成り立っていた。
夫の仕事が変わったときから喧嘩が耐えなくなり、酒を飲んでストレスを発散する夫と激しい言い争いになり、家庭は恐怖の空間になった。
その頃病気を発病、我慢できる限界を超えていた。
でも病気を一切理解しない夫は、私への迫害を続けた。
仕事に協力できなくなった私への怒りは頂点に達し、体への暴力の後、家庭はばらばらになった。

40年続いた「身近な人間からの呪縛」は、私の心と体を極限にまで追い詰めていた。


隣人からの嫌がらせは続いている。
私がごみを捨てに出かけても反応する。いつも見られているのだ。
子供が家に帰ってきて、また出かけるときも見ていて、ドアは激しく開けられる(閉める音か?)。
今まで人の家のドアの開け閉めの回数など気にしたことはなかったが、隣人は朝から晩までドアを何度も開閉する。
聞きたくなくても聞こえてくるのだ。
人に不快を与える音というのは、聞くだけでわかる。
私もちょっと嫌な気分になったときに、物に当たるときがある。
そういう音は違うのだ。

ごみ捨てに行くのも考えてしまう。
子供がいない昼間の時間帯は、一人で嫌がらせを受ける。
でも子供が帰ってくれば一人ではない。
気のせいと思えばそう片付けられる。
たとえ私の家のドアの開け閉めがあった直後、隣人が覗いていたとしても。

人は人のことに関心を持つ暇もないのが普通・・・と思っていたのだが、
隣人は働いていないし、よほど暇なのか、神経過敏なのか、
なんにしても私にはドアの音が怖くなった。
私生活を覗かれている。
いつ出かけていつ帰ってくる、
そんなことはいちいち他人に関心をもたれたいことではない。
これからの季節、ドアを開けっ放しでいることが多い。
私は寒い冬が好きだ・・・。
私には病気のことで話せる人はほとんどいない。
でも1年以上私から電話をしなかった友人にかけてみた。
番号もろくに覚えていなかったけれど、かけてみたらあっていた。

親しくしていた人から刃のような言葉を浴びせられてから、人と話をするのも嫌だったのだが、
今日は2時間近く話した。
正直あまり親しくできないと思っていた人なのだが、病気のことをわかる人は、今は彼女しかいない。

何ヶ月も本音を言えるひともいなく、心に隙間風が吹いていたのが、少し風もやんだろうな気がした。
といっても彼女とは東京と大阪くらい離れていて、一度も会ったことはない。
そんな関係でも、唯一の病気の友だ。

体を動かせない苦しみは、同じ境遇にならないとわからないものだ。
毎日を生きるだけで精一杯な彼女。
私も今日を生きるだけでいっぱいいっぱい。
昨日は嫌がらせも受けて涙が出てしまったが、いいこともきっとあるだろう。
嫌なことばかり続くこともあるまい・・・。

私は人間関係が苦手だ。
寝込んでいる日が多い私は、買い物と通院だけの毎日がほとんど。
誰かと待ち合わせて出かけるとか、外食をするとか、そんなことはない。
隣人がいても挨拶をする程度で、できれば顔も合わせたくないと思っている。

その隣人とそのまた隣人は仲良くしている。
端っこの部屋に住んでいる私は、必然的に隣の家の前を通らなければならない。
今日は家の前にごみが落ちていて、自分の家のゴミ袋に捨てていた。
物音を聞いて隣人はドアを開け、私の行動をドアの向こうから聞いていた。
私が通り過ぎようとすると、さっとドアを閉める。
これも立派な「イジメ」だ。
顔はあわせないけれど行動は監視する。
イジメが見え見えの行動を見ても、知らん振りして通り過ぎるしかない。
この家が早く引っ越してくれることを願うばかりだ。

人に関心のない、もっと忙しい人が隣だったら、こんなことはあるまい。
私が人付き合いができるほど、気力と体力と余裕があれば、こんな目にはあわないんだろうが。
2008.04.27 思い出せない
昔の生活が思い出せない。
朝起きて夜寝るまで寝込まずに生活できた。

今は何かするたびに疲れて寝込み、買い物にも制限がある。
疲れを知らないで生きていた頃が本当にあったのだろうか。

もうどうしても思い出せない。


今日は朝から掃除ができた。
普段重い荷物を抱えているのだが、今日はいくらか減ったかな。
体への重力が減ると動けるよ。
当たり前のことだけど、些細なことがうれしい。

でも買い物は行けない。
バスに乗って往復1時間半のところに買いたいものがあるのだけど、遠すぎ。
風も強いし、決意がにぶる。
ここ何日も重い日が続いて、やっと軽くなったのにな。
体の事情に左右される生活が私の生活。
もう以前のようには生きられないんだな。
せめて体の自由がきけばいいのに。
今日は朝から体が重い。
周期的にやってくる重力との戦い。
最近は午前中にまた寝込む日々が続いている。
昨日の雨もやんで、今日は買い物に。。。と思ったけれど体は言うことを聞かない。

冷蔵庫にあるものでおかずを作る。
買い物に行っても、何を買っていいか考えると頭が真っ白になる。
こんな生活も5年目になった。
いつか・・・本当に治る日は来るのかな。
自分の未来を見てみたい。
2008.04.16 体が軽い日
今日は朝から動けた。
三寒四温という言葉があるけれど、体が軽くて動ける日と、重くて布団に吸い込まれるような日と、交互にやってくる。
それはその日の朝にならないとわからない。
明日は重いのだろうか。

もう寝込みたくない。
昼間動いていたい。
気力もなくなり、絶望感でいっぱいになり、死にたくなるのは嫌だ。
寝込んでいるときはろくなことを考えないから・・・
動ければ気もまぎれるのに。

この先ずっとこの調子が続くのか?
神様、鬱病を治してください。
子供がいなくなって独りになると急に心細くなって憂鬱になる。
孤独でいるのが辛すぎる。
隣の家の物音にも敏感になって、家にいるのも苦しい。
かといって行く場所もない。

普通に動ける人が羨ましく思える。
私だって、病気じゃなかったらもっといろんなことが出来るのに。
2008.04.12 心が
ささぐれた。